こんにちは、今日は放射線技師の卒後について書きます。
私は大学卒業後、就職難と言われた時代に就職した世代です。
約200床くらいの病院に就職できて今に至っています。
友達も多くが私と同じくらいの規模の病院に就職していますね。
国家試験に受からなかった人も何人かいましたけが、今ではみなさん放射線技師をやっていらっしゃいます。
卒業時と職場が変わっている人は、私の友人では10人中8人です。
大きな組織に就職できた友人は、やはり同じ病院にい続けてがんばっています。
個人病院に最初に入職してしまった数人は、みんなその後に、大きい病院を受けなおしそこに安住しています。
結局のところ、大きいところに就職できた方が良いということになってしまうのですが、
しかしスタートがなんであれ、途中からの募集であってもみなさん大病院に合格するというところをみていると、小さいところであっても就職して撮影技術を自分なりに身につければ、即戦力として雇ってもらえるということもわかります。
個人病院から大学病院に転職した友人は、今まではMRIがなかったこともあり最近ではMRIについて楽しそうにお話しています。
以前は学会発表なんて話全然でなかったのに、おもしろいものですね。
企業に勤めている友人もいますよ。
彼は、外資系メーカー勤務です。営業技術をやっています。
毎日日本の隅から隅まで飛び回って、新しく導入される装置の使い方をその病院の放射線技師さんに説明するお仕事です。
学生時代の成績は私と同じくらいでぱっとしなかったのですが、現在はやりがいのある職場だそうで、楽しそうにやっています。
国家試験に落ちて、その後友人のつてで個人病院に就職した友人は、いつも暇だそう。
8時30分から仕事が始まって、9時には当日予約分の仕事がすべて終了となり、そのまま17時まで何もなし・・・なんていうこともあるそうです。メールすると返信がすぐに帰ってきます。
どこか大きいところに就職したいといいながらも、なかなかその病院を辞めることはしない。多少の不安はあるものの、居心地のよい職場なのでしょうね。
これらの友人たちの担当する検査も、さまざまです。
MRIばっかりやってる友人、CTばっかりの友人、レントゲンからMRIまですべての検査を1週間ごとに担当する友人など、職場によっていろいろです。
このように振り返ってみますと、どんな仕事もそうかもしれないですが放射線技師という狭い職業でもいろいろとあると感じます。
そして、なにより大切なのは人間力だということも、どこの職場でも同じのようですね。
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